NTTドコモ
スマート農業向け営農支援プラットフォームを開発、セキュリティ技術がノウハウを守る
携帯電話事業の業界最大手であるNTTドコモは「畑アシスト」と呼ぶ営農支援プラットフォームの提供を一昨年より始めている。畑アシストは、圃場(農場)に設置したセンサーで得たデータをアクセスポイント経由で同社のクラウドに集め、ユーザがスマートフォンやパソコンなどにより農場の状態を確認・管理することを可能にするもの。日々の農作業記録や今後の生産計画などを併せて管理できるため、農作業に関わる様々な業務を効率化し、生産性の高い戦略的な営農を実現できるという。
同社は、「畑アシスト」を構成するセンサーなどの組み込み機器の開発にIARシステムズの統合開発環境「EWARAM」を活用した。今回は、NTTドコモスマートライフ推進部フードテックビジネス担当課長、ZETAアライアンス理事の大関優氏と同社スマートライフ推進部フードテックビジネス担当の田村桜子氏に、畑アシストを開発したきっかけや目的、今後の展開のほか、EWARMを採用した理由やセキュリティに関する取り組みなどについて聞いた。
―――「畑アシスト」を開発したスマートライフ推進部とは、NTTドコモの中でどのような役割を担っていますか?
大関 スマートライフ推進部は、NTTドコモのスマートライフ領域を主管する部署です。役割は、当社の主要事業である通信を使いながら、顧客の生活を豊かにしたり、社会課題を解決したりすることにあります。スマートライフ領域はいくつかの分野に分かれておりますが、その中にフードテックビジネス担当があります。文字通り、「食」にフォーカスした部署です。「食」は、消費者にとって欠かせないもの。皆さん、毎日食べ物を購入し、消費しています。我々は、その食に関わる人々の生活を豊かにするため、スマートフォンアプリから予約、注文、決済を実施できるサービスの提供や、より便利なミールキットを提供する取り組みを進めています。
それだけではありません。食べ物の購入の上流に当たる生産現場のお手伝いもさせて頂いております。一般に「食」のビジネスは、生産、販売、消費というサプライチェーン全体に存在します。その大もとに位置するのが生産現場であり、農業や漁業といった1次産業です。その中でも我々は農業にフォーカスし、生産現場の維持発展に注力しています。
―――通信技術の活用が大前提ですか?
大関 当社の通信技術をシステムに活用していくことももちろん大事なミッションですが、通信技術を使わないソリューションも提供しています。例えば、水耕栽培のキットも、私たちの部署でソリューシ
ョンとして販売しています。こうしたソリューションと、それをより便利なものとする通信技術やアプリケーションとを一体化してパッケージとして提供することで、新規就農者や異業種の方が参入しやすくすることが目的です。
―――なぜ水耕栽培なのですか?
大関 肥沃な土壌で美味しい作物を生産する土耕栽培も農業の主体を成しますが、水耕栽培にも比較的広いエリアで画一的な栽培管理がしやすい、作業が簡便で効率化できるといった特長があります。このような栽培管理は主に水(水温や酸素量、Ph値)や外気温、照度などがその管理パラメータになりますが、このような値を別々のハンディタイプの計測器で都度測定するのは非常に時間も手間もかかります。よって、センシング機器に通信を活用するなどして自動的に栽培環境を把握しながら適切な栽培条件になるようチューニングします。水耕栽培は土と異なりこのような農業ICTがフィットし管理しやすい一農法であると思います。このような水耕栽培は新規就農者のほか、農福連携などの事業でも広く活用されています。
農業関連データを一元管理
―――「畑アシスト」はどのようなものですか?
田村 畑アシストは、センサーデータの見える化と農作業の計画、収穫量の管理、収穫した農作物の販売など、農業に関する一連のデータを管理するクラウドサービスです(図1)。
図1畑アシストのシステム構成
畑に設置したセンサー機器で環境データを取得し、これらをアクセスポイント経由でクラウドに送ります。クラウドにアップしたデータはスマホでもパソコンでも閲覧できます。特徴は、水耕用、土耕用ともに、豊富なラインナップを用意している点であり、必要なセンサーを選んでご利用いただけます(図2)。
図2センサー機器のラインナップ
―――どのような通信技術を使っていますか?
田村 IoT向け通信方式であるLPWAの1つの「ZETA」を採用しました。センサー機器とアクセスポイントの間は、ZETAを用い、アクセスポイントに集約したデータは、LTE網を介してクラウドにデータをアップします。送信するデータはセンサーデータなどの通信量の少ないデータですので、IoT向けの料金プランを利用できます。
―――現時点ですでに、センサー機器で取得したデータを利用してアクチュエータを動かすなどのフィードバックは実現できていますか?
田村 NTT社会情報研究所や静岡大学などと実証実験を実施し、自動水やり機能「AI灌水」をすでに実用化しています(図3)。現時点では自動水やり機能だけですが、今後はビニールハウスの窓の自動開閉や、暖房を利用した自動温度調整などのフィードバック機能を実用化してきたいと考えております。
図3 AI灌水機能
センサー機器開発にIARシステムズのIDEを採用
―――畑アシストの開発では、IARシステムズのどのような製品を利用しましたか?
田村 ARMコアに向けた統合開発環境(IDE)「IAR Embedded Workbench for Arm」を使いました(図4)。これはコンパイラやアセンブラ、デバッガなどを統合したツールであり、今回はセンサー機器に向けたプログラムコードの開発のほか、センサー機器のARMマイコンにプログラムコードを書き込む際に使用しました。
図4「IAR Embedded Workbench for Arm」の画面写真
―――IARシステムズの製品を選んだのでしょうか。
大関 我々を惹きつけたポイントは2つあります。1つは、IARシステムズの組み込み向け開発ツールが、熟達したコンパイラ機能やセキュリティ機能を持っていること。技術開発には優れたツールが必要であり、両社の技術力を合わせれば相乗効果が得られるため成功に導けるでしょう。もう1つは、IARシステムズは広い領域の顧客と関係を構築しているため、多くのノウハウを持っていることです。
田村 組み込み業界においては、IARシステムズの開発ツールは極めて広い分野で使われています。このことも採用を決めた理由の1つです。
大関 さらに将来は、畑アシストでもエッジコンピューティングなどの導入が必要になるでしょう。現在は、センサー機器で取得したデータをクラウドに上げて、AIが判断して水やりのタイミングを決めています。しかし、すべてのデータをクラウドに上げる必要があるのか。例えば、病害虫への対応であれば、それほど多くの演算能力は必要ないかもしれません。その場合は、センサー機器とクラウドの間にエッジコンピュータを置くことも将来的には検討したいと思っております。
―――エッジコンピュータの開発にも、当社の統合開発環境の採用を検討していますか?
大関 もちろん、IARシステムズの統合開発環境も選択肢の1つになると思います。IARシステムズの統合開発環境のメリットは、マルチベンダでマイコン開発を行う際に、同じ環境上で作業できることではないかと思います。この点は生産性に大きな影響を与えますし必要十分な機能を備えているので係る開発にフィットした選択だといえるでしょう。
―――当社の統合開発環境を選択した理由はほかにもありますか?
田村 IAR Embedded Workbench for Armはコンパイルが非常に高速です。しかもプログラムコードの品質担保に欠かせないワーニング機能が優れています。NTTドコモにとって、ソースコードの品質は非常に重要。また、今後のセキュリティ実装やマルチベンダ性が求められてくる状況を考慮すると、初期段階で拡張性の高い統合開発環境を選ぶ必要がありIARシステムズのIDEを選択しました。
―――実装したセキュリティ機能について教えて下さい。
田村 畑アシストは、NTT社会情報研究所が開発した暗号化技術や認証技術を採用しています。一般的に使われている「PKI」の電子証明書は採用していません。
今は、センサー機器のARMマイコンに暗号化や認証に用いる鍵を一つひとつ手作業で書き込んでいます。ただし今後、センサー機器の出荷台数は増えていくことが予想されます。その場合、一つひとつ書き込んでいては作業効率が悪く出荷作業が追いつかなくなります。また、エッジデバイスのセキュリティにおいても、稼働後のファームウェアのアップデートなどにも考慮して、個体ごとに暗号化や認証に用いる鍵を生成する必要があるため、鍵の生成や書き込みの効率化が課題となっていす。さらに、サーバ側が電子証明書を採用している場合には、NTTの認証技術と電子証明書との共存が課題になると考えられます。
―――現時点での課題に対して今後どの様な方法を検討されていますか?
田村 前述の通り、現在の実装方法はとても非効率です。例えば、個体ごとの鍵を効率よく生成する機能や、それを管理する機能があれば、簡単にセンサー機器に鍵を自動的に書き込めるようになります。センサー機器の量産時に大いに役立つので、将来的なシステムアップデートを見越して、エッジデバイスも含めて効率的なセキュリティ実装が可能なIARのセキュリティソリューションを採用しています。今後はIARのセキュリティソリューションにNTTの認証技術を搭載できないか具体的に議論を進めていきたいと考えています。